しみじみと

図書館通いはまだ続いてますが、最近借りた小川洋子さんの本を読むとしみじみと胸に広がるものがあります。

巻末の著者紹介に書かれている、芥川賞をとった「妊娠カレンダー」や、本屋大賞と読売文学賞をとった「博士の愛した数式」はまだ読んでないのですが、たまたま手に取った「最果てアーケード」や「ことり」を読むと、描かれている人というものがなんとも言い難いくらい自分の中でリアルに息遣いを伴って感じられます。

ありえないような出来事(イベント)に重点を置いた小説にあるような、人間味を感じさせないストーリーだけのものとは全くちがった、平凡な日常の人たちというものに触れられます。

何もない人生が、起伏にとんだものであり、良くも悪くもない、一人の人生なんだと思わせられます。

私からしたら、通り過ぎてみれば自分の歩んできた道も起伏のない道ですが、周りからみたらせっかく入った会社は辞めるは、見知らぬ地で起業するは、結構波乱に満ちてるんでしょうね。

しかし、これらの本を読むと、才能で片づけると著者には怒られると思いますが、こういう本を著す人たちには他の人にはない才能をやはり感じます。

どういう人生を著者は歩んできたんでしょうね。
それが知りたいですね。




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# by srmurakami | 2017-08-09 23:52 | ブログ | Comments(0)

男は女と比べて、大人になっても子供っぽいところがあるという一般的な概念(?)がありますよね。

私も40代半ばを過ぎた、いい年齢のおっさん(まだおじいさんではないでしょ)になりましたが、いつまでも子供のころの物事を引きずっているなと感じ続けてます。

私の今の年齢の時の私の父を考えてみると、今は亡き父が40半ばの頃、私は15歳くらいでした。

私の父が子供っぽい側面があることを感じたことがついぞ無いので、私の現在とのギャップ感がものすごいです。はんぱねぇです(笑

昔の人は周りから大人なんだからと見られ、行動も社会的に制限・強制され、責任を担うことが当然で、子供っぽい側面などは早くに無くす人が多かったのか、それとも単にそれを見せなかっただけなのか。

前者のような気がしますけど。

そう思うと自分の未熟さを感じて情けないです。

このブログは別に仕事のブログではなく、今思ったり考えていることを、遠くない将来自分が忘れたころに思い出す為に書いています。
私的なこともよく書いているので、また少し書いておこうかと思います。

みなさん、苦手な人、嫌いな人、信用できないと思う人が多かれ少なかれいるのではないかと思います。

私の場合、前のブログにも何度か書きましたが、信用できなくて嫌いという人が、私自身です。

自分が自分で信用ならないってなんなんでしょうね(笑
変なことをするとか、過激なことをするとか、非常識なことをするとか、っていうわけではないですよ(笑

そう思ってしまった原因が子供のころに何度かあったのですが、それをまだ引きずっているわけです。

そうなると、周りに人を近づけなくなるし、自分から近づこうともしないわけですね。こんな人と関わらない方がいいよと。
結局、それも自分が傷つかないためという保身でしょうけど。

そういうわけで、前にも書きましたが、よくこんな人間に結婚してくれる人がいたなと感じているわけです。はい。
失恋して傷ついてもまた頑張った結果ですね(笑

まぁ、いい歳のおっさんなので、もうそんな過去のことはどうでも良いし、今さら自分を変えようとかいうのもあほらしいと思ってスルーしてますが、そういう子供のころの出来事ってのは、その人の人生に大きな影響を与えるものなんだなと。

自分の子供にそういう出来事が起こらないようにしたいな、と思ってます。
ただ、親ができる範囲は知れてます。しかし、せめて親を原因にはしたくないですね。親が原因というのは現実問題多いと思うのですが…。

友達との間での出来事はどうしようもないですけどね。

まぁ、いつものように結論はケセラセラですけど、私の場合(笑
そして、こんなことをこんなところに書くのも子供っぽいってことですね(笑




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# by srmurakami | 2017-08-02 23:05 | ブログ | Comments(0)

それでも前進か、否か

これでも経営者の端くれです。
経営の大変さというのを身にしみて感じてます。
今日はその愚痴です(笑

停滞は衰退の始まりということもあり、そもそもの私の目指すべきものに到達していないので前進しないといけないのですが、辛酸をなめながら、這うような気持ちで14年間やってきました。

元々、私のイメージを伝える能力の欠如が原因だと思いますが、皆さんご存知の通りなかなか人を動かすのは大変です。
大企業でもないのにセクショナリズムを感じさせることもあり、改善を進めないといけない課題です。

私の目指している当事務所のあるべき姿は頭にあるのですが、なかなか皆に伝わらないのがもどかしい限りです。

理想論で終わらせないよう、あきらめることが無いように頑張ってきましたが、心が折れることも今まで何度もありました。

しかし、今のところ心の弾力性がまだあるようで、気持ちは前進へと戻ってはこれています。
今のところ(笑

燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや、という偉そうな、何様や!という感じのことわざがありますが、良い悪いはないはずのことわざですが、このことわざを使う場面においては一番悪いのは鴻鵠だろ、と私はずっと思ってました。

その一番悪い鴻鵠にならないよう、心がバキバキおられながらも、ほふく前進速度であっても進みたいとまだ思ってます。

その顛末は、結局のところ経営者がすべてのことを負うのですから。
ゆえに経営者は孤独になります。
批判は常に身に返ってきますから。

何事もうまくいかなかったときはまずはみんな反省から。そして改善へ。
反省なきところに前進はない。






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# by srmurakami | 2017-07-24 22:24 | ブログ | Comments(0)

様々な役割

まだそんなに多いわけではないですが、声をかけていただければ色々な役に付くようにしています。

一番多いのが医療法人の監事ですね。
次いで、協同組合の監事、外部監査役などです。
他にも、社会福祉法人の理事をさせていただいたりしています。

今日もこれから監査業務があり、時間調整をしています。

それぞれ、きちんと役割をこなさなしといけないので、それなりに労力と時間を割くようにしています。

こなすことが多くなるとその知見が他でも役に立つので、責任がそれだけ増えるのは当然ですが、話があればどんどん受けたいと思います。




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# by srmurakami | 2017-07-14 18:43 | ブログ | Comments(0)

今、週1回、山口大学でマーケティング論を学んでます。
もう今週で前期の最終授業ですが。

この年で大学生です(笑
もちろん正規の学生ではありません。

何のためにと言われたら前にも書きましたように興味があったからとしか言いようがないのですが、前に授業の時に先生がこのようなことを言われてました。

「実務家の人に机上の空論と言われるのは心外である」といったことです。
(言葉を正確に記憶しているわけではないので、大体このような意味このことを言われたということです。)

その言葉を聞くと、ふと我々の仕事もその様に見られているということを開業当初からずっと思っていました。

「決まり(法令)はそうかもしれないけど実際はそうはいかんよ。机上の空論だよ。」
言葉の強弱は違えど、こういう意味合いの言葉を何度お聞きしたことか。

お客さまたち(経営者の方)から言えばそうなんですよね。
それでも我々社会保険労務士は実際の事業に役立つ存在として仕事をしなければなりません。

その為には「机上の空論の専門ばか」と言われないよう、いろいろなことを学び、実践していかなければなりません。

やってみないと分からないことが多いのが現実ですし、それがお客さん(実務家)の考え方の基本ですから。

実務と理論との違いは、実務は色々な物事が複合的に絡んで、一つのことでも複数の側面から検討しなければならないことが大きな違いです。

なので、理論を役立てるためには、色々な専門外のことを学んでおかなければ、自分の専門分野からの視点しか見れない「専門ばか」になってしまいます。

ということで、自分の専門分野以外も色々と首を突っ込んで見聞きしている私でした。

ますます、「何屋なんですか?」と言われかねない状況かも(笑



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# by srmurakami | 2017-07-10 23:14 | ブログ | Comments(0)

違和感と勘

今週は色々な新しい話の連絡が集中した週でした。
ハラスメントセミナー講師や専門家派遣、建設業許可や顧問の話が数件あり、ありがたい話だなと実感してます。

とはいうものの、金曜日の朝はここ数年来ないくらいに体調が落ち込んで、朝起きるのがやっとでしたが、動き出すと何とか1日動けるもので、そして1日休んだ今日はほぼ完全復帰で、いつも通りフィットネスジムへ行きもしました。

まだまだ、体力はあるようです(笑

さて、ようやく本題ですが、私は「違和感」を感じるたときにはよく考えるようにしています。

起こったことについて、何かおかしい、違っている、足りない。。。という思いが違和感として浮かんでくると、大概、やはり何かがあります。
それは過去の経験や知識から、それらに合致しない部分を漠然と頭が捉えて、注意喚起しているようなものです。

そして、過去の経験や知識から、将来を予測するのが「勘」だと思います。

なので、違和感も勘も、出どころはたぶん同じなんでしょうね。
蓄えてきた経験と勘がどれだけあるかによって、変わってくるのでしょう。

ただし、それが常に正しい道を示しているかは、そうでもないですけどね。

という雑談でした。


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# by srmurakami | 2017-07-08 22:47 | ブログ | Comments(0)

14年と1日目

平成15年の夏も暑い年でした。
平成15年の7月1日が、私が山口市に事務所を構えた日です。

それからあれよあれよと14年も経ってしまいました。
当時、私は32歳。若い、若い。

しばしば「こちらの出身ですよね?」と尋ねられるのですが、申し訳ない気がしたり、よそ者の気分になりもの悲しくなるのですが、私は生まれは広島県因島(今は尾道市と合併、ご先祖は村上水軍)で、小学校~大学まで大阪で育ち、大学卒業して就職した会社で配属された熊本市で10年弱住んでました。

山口市は、私は全く知らない土地でした。
でも、もう14年も住みました。よそ者ではありせん、と言ってもいいですよね(笑
前にも書きましたが、ご先祖は防府市や大島、長門などにも移り住んだ者もいるくらいですし。

来年の平成30年で元号が変わりそうな感じですが、さらにその5年後の開業から20年の節目には、今からさらに進んだ事務所になっていることを望んでいます。




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# by srmurakami | 2017-07-01 23:05 | ブログ | Comments(0)

鈍感力高し

鈍感力という言葉が最近頭から離れないです。

検索してみたところ、それをテーマにした本もかなり出版されていて、たまたま上位に検索で出てきた渡辺淳一さんの「鈍感力」という文庫本の説明書きが、


「シャープで、鋭敏なことが優れていると世間では思われているが、本当にそうなのか!?医師としての経験や作家としての眼差しを通じて、些細なことで揺るがない「鈍さ」こそ、生きていく上で最も大切で、源になる才能だと説き明かす。恋愛関係、夫婦生活、子育て、職場、環境適応能力。様々な局面で求められる鈍感力とは何か。先行き不透明な現代を生きぬくヒントが満載。ミリオンセラー、待望の文庫化。」


と書かれていました。


ご多分に漏れず私もある程度鈍感力が高いと思っていたけれど、本を読んでもいないのに、それは悪いことばかりではないんだと、改めて肯定的に思えました(笑


子供のころから、あとから人づてに「あの人が、こう思っていたらしいよ」というのを言われることがありました。まぁ、普通かと思うのですが、今思うに子供のころから鈍感力が高かったのかも知れないなと。


でも、気づいていても気づかないふりというのも得意(?)な方で、分かっていることも多いんですよ、と言い訳も言っておきます(笑


気づいても動かない方がいいなと思うこともあり、動けないこともあり。

まったくの鈍感ではやはり仕事ができないので、お客さんが言わないことも気づくように努力はしております、はい。


でも、できたら言わずに不満を溜められるより、言ってもらいたいなと思うこともしばしば。


日本人の多くの方の特性で、不満は言わずに溜めこむタイプの人も多いようで、気遣いをやはりしなければ。

当たり前ですが、鈍感力だけでは仕事ができないですね~(笑


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# by srmurakami | 2017-06-30 19:06 | ブログ | Comments(0)

今日は舅のうるさい独り言みたいなものです。

ワークライフバランスという言葉が普及して久しく感じます。


そもそもの欧米でのこの言葉の使われ方は知らない私ですが、日本でこの言葉が使われだしたのは一昔前にあった「24時間戦えますか?」といった広告宣伝にも表わされていた日本人の仕事一辺倒の働き方へのアンチテーゼというか、修正を試みるための使われ方から始まったと私は思ってます。


つまり、仕事を一生懸命してばかりじゃいけませんよ、という意味合いだったと思うんです。

本来の使われ方としては「仕事を一生懸命、プライぺートも充実」ということだと思うんです。


しかし、最近では、「仕事はそこそこ、プライベートもそこそこ(又は充実)」という使われ方をしていませんか?


両者の意味合いはよく似ているようで、その差は大きいものです。


ワークライフバランスという事の中には、人生における時間配分も大きい要素です。

人の時間は一律124時間しかありませんから、それを仕事とプライベートに分ける必要はあります。

その配分を考えないといけないこともありますが、分けたうえで、その限られた時間の中で「ワーク」の方はいかに能力を向上し、貢献や付加価値を高めるかを常に考え実践し、「ライフ」の方も限られた時間の中で価値観の中で取捨選択しながら人それぞれの幸福をいかに得るかを考え実践していくことが、「ワークライフバランス」なのではないでしょうか。


そもそも、時間配分にしたって、労働は原則として週40時間、1週間の総時間は168時間です。

仕事関連時間として13時間(休憩時間及び通勤時間)×週5日=15時間を足して、仕事として週55時間、残りは113時間、そのうち睡眠時間を17時間として週49時間とするとプライベート時間としては64時間です。


残業が多いとその時間分だけ、ほぼ拮抗している1週間当たりの仕事55時間:プライベート64時間の比率が崩れて、プライベート時間が減ります。

なので、日本でのワークライフバランスの導入の経緯を踏まえると、まずするべき有効な手段は、労働時間での効率化と仕事の高度化です。同じ時間内で残業をした場合と同じ以上の成果(仕事の結果)を得られるようにすることが、日本でのワークライフバランスの第一歩だと思います。


つまり、まずは仕事を一生懸命ですよね。


まぁ、この言葉の他の使われ方(仕事をそこそこ、プライベートを充実)というのを否定するわけではないですが。そのあたりは人それぞれの人生観なので。


ただ、こういう意味もこの言葉にはあるんだよと知ってもらいたいなぁという、独善的な独り言でした。

追伸

ちなみに、週休2+祝日+盆休み+年末年始休みがある場合、年間130日近く休みがあります。そうなると、週の労働時間は4.5日×8時間36時間くらいになります。


ということで、平均すると1週間での比率は、仕事51時間:プライベート68時間です。残業が1ヶ月に約20時間程度であれば、週に約5時間弱残業なので、5663です。


これくらいであれば、時間数で言えばワークライフバランスできるでしょう。あとはそれぞれの時間の「中身」次第で、本当のワークライフバランスか、単に人生における時間の浪費か、の人それぞれになるのではないでしょうか。




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# by srmurakami | 2017-06-25 15:51 | ブログ | Comments(0)

押しに弱い

昔からの私の性質ですが、人の後ろに隠れるような人なので、自分から押して人を動かすようなことは苦手な質です。

必然的にその反面、人に押されるのに弱い性質となり、仕事を依頼されたりお願いされたりすると、こんな私でも頼られたり、役に立ったりできるのかと不思議な気持ちになりながら、一所懸命と承った業務をこなすように日々頑張っております。

人に押されると弱い性質なので、無理をしてでも色々と引き受けようと頑張ってしまいます。

それで、仕事が遅れてご迷惑をおかけしたら本末転倒かと思いながらも、現在も両手で余る(?)ほどのご依頼を承り、朝起きてすぐに、そして夜寝る前には仕事の日程・時間調整が頭の中でぐるぐると回っています。

人に押されると弱いというのは、普通は仕事をする上では良くない性質だと思いますが、まぁ、この年になって今さらですし、もう変わることはないでしょう(笑


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# by srmurakami | 2017-06-21 23:12 | ブログ | Comments(0)

山口市で村上労務経営事務所代表として特定社会保険労務士、行政書士をしております。日々の出来事や社会問題などを主につづりたいと思います。
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