記憶のフシギ

以前にも書いたことがありますが、人の心理というものに関心があります。

人のことを扱う社労士としての仕事のこともあり、開業してからより興味が高まっているのですが、しっかりと大学等で学び直したいと動いていた時期もありました。
実現はしていませんが、いつか実現したいなと思ってます。

それのフィクション版といいますか、手軽に得られる小説やコミックの読み漁りは続けていますが、ありふれた表現で言えば人の裏の側面を描いていて読み続けるのがつらくてもう読むのを途中でやめようかと思うような本も時々あり、それでも気になって最後まで読んでしまうものもあります。

読後感は最悪ですが、それでも更に読み直しをしてしまう本もあります。

人の誰しも持ち合わせている根源的な負の側面の数々など、誰しも持っていてもおかしくないもので否定はできないけど、進んで肯定もしたくない部分を描いている本などですね。

負の感情・妬み嫉み、幼少時に満たされなかったもの、人それぞれの生い立ちに紡がれた数々の出来事による心理的な影響・トラウマ、それらがいかに大人になった者にどれだけ影響しているのかが様々な形で描かれています。

正直、マイナスの引力をもったそれらが私は苦手なもので、現実に身近にあっても関わりたくないものです。

それは十把一絡げに、なんでも幼少期のトラウマに原因を探す方もいるかもしれませんが(そういう小説も無きにしも非ずですが)、単純にそうだともいえないものと思います。

例えば人間の体の細胞は7年ですべて入れ替わると言われています。そうなると「記憶」はどうなるの?新い細胞にどのように引き継がれるの?という話が読んだ本に出てきていました。

日ごろの私の仕事の中でも、人の記憶というものはいかにあいまいで、いかに自分の思うように、又は思わないように変えられている・変わっているかというのを目の当たりにすることが多々あります。
だからこそ、自分の記憶というのもあてにはならないことをよくわかっているつもりです。

記憶を自分にとって良いものに、又は悪いものに「変えて」してしまうのが人です。

コンピューターみたいにすべてを一切合切覚えているわけではないわけですが、脳は思い出せるよりはるかに多くを記憶しているが引き出せないだけだともいわれています。

実際、自分で考えても、昔のことはほとんど忘れています。引き出せません(笑。

ただ、自分にとってうれしかったこと、悲しかったことといった強力な印象が残っている事柄のみ断片的に残っているだけです。いわば、過去の自分というはかなり薄い存在です。

しかし、それらが現在の自分、そしてこれからの自分の行動を決めているのです。

自分があるのは現在とこれからだけと考えていいと思うのですが(これからなにするのかというだけの存在)、それはすべて前述したあいまいな、自由に変えられている「記憶」によって動かされるのです。

色々考えていると深みに入って分からなくなるのですが(笑)、心理学を学ぶとある程度交通整理できるのはないかと思ってます。

こころと記憶の問題は深いです。

よく精神科医の方々は、色々な患者さんを診るうちに、もしくは学ぶうちに、自らの心に変調をきたすこともあるという俗説もきいたことがあります。

人の心の奥を覗くというのは、自分の心を覗くということでもあり、人って何?というところにもつながって、自らをしっかりととどめることが難しくなるというのも想像できます。

前にこれも書きましたが、私もそうですが、自分で自分のことが好きではない人もいることかと思います。

しかし、もし自分が好きな自分になってしまったら(思う通りの生き方ができていたら)、自分が自分でなくなってしまうという怖い思いがあります。

だからこそ、私は1%の部分で、99%の嫌いな自分を許せるようになってしまうんだなぁと思います。

ダメな自分、これでOK、これが自分ですと。

夜に文章書くと、昼読むのはつらいですが、日記がてら長文書いてみました。

読む人はほとんどいないので、気楽なブログです(笑。


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by srmurakami | 2017-03-12 23:18 | ブログ | Comments(0)

山口市で村上労務経営事務所代表として特定社会保険労務士、行政書士をしております。日々の出来事や社会問題などを主につづりたいと思います。
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