命の重み

私は子どもの頃から色々な生き物を飼ってきました。

ペットの代表格の犬、猫、鳥(十姉妹)から、魚(主に熱帯魚、金魚)、昆虫(かぶと虫、クワガタ虫、カナブン、紋白蝶、揚羽蝶、鈴虫、蝉、カブトエビなど)、亀、ザリガニ、蛙などなど…。


小学生高学年~社会人になった頃までの間は熱帯魚にはまっており、さまざまな種類のものを飼っていました。


遊びでは子どもというのは残酷なもので、地蜘蛛といった木の根っこに筒状の巣を作っている蜘蛛を友達と競って沢山捕まえては、友達同士で捕まえた蜘蛛同士を戦わせていました(鹿児島の蜘蛛合戦みたいなものですが、私たちのは実際に蜘蛛が牙で相手を刺すので、よく死んだりしていました。)


現在はミニチュアダックスを買っているだけでさすがに色々と飼いたいという欲求は減りました。


このように生き物を飼うことが多かったため、飼っている生き物は大抵人間より寿命が短く、また病気にもなるので死んでしまうことも多かったことが自分の生き物に対する考え方に大きな影響を与えたのではと思っています。私の子どもにも幼少期から生き物に接してもらうようにしたいと思っています。



さて、日本の鯨食が世界的に非難を浴びたり、アジアの犬食をしている地域が非難を浴びているというのがあります(これはその国内でも批判が強いみたいです)が、いかがなものでしょうか。


食べるか食べないかは人間が線引きをすることですからそうすることを別に非難はしませんが、私からしたら同じ生き物です。人間に懐くからとか、知性が高いからとか、その食べたらいけないとする理由はどちらにせよ人間のエゴです。
人間というのはどうして地球上で生き残っているのかを考えて結論は出してほしいと思います。また、世界中の人にその食を強制するわけではないのですから、地球上の資源という観点からの規制以外に規制を増やすのはどうなのかなと個人的には思います。(個人的には鯨は食べた経験がほとんどありませんが。給食で出たかも。)


あくまでも個人的な意見ですが、ベジタリアンも私からしたら生き物の植物を食べています。ベジタリアンになる理由も人さまざまでしょうが、動物ではないからというだけで食べていいものだという意見については矛盾があると思います。

植物と動物は種類が大きく違えど、生き物であり、その命を奪って人間が生きていることに本質的な違いは無いと私は思っています。

植物を大量に育てて、その果実を車の燃料にする話などは私からしたらかなりかわいそうな話です。車が人間の「食」と一緒で生きていくためには欠かせないものだとしたらかわいそうと思うのもおかしいのですが…。車を少し動かすためにどれだけ多くの植物が一生懸命果実を実らせたのだろうと思うと進んで利用しようという気がおきません。低価格燃料電池の登場を待ちわびるばかりです。


ちなみに私は植物を育てるのも好きです。日一日と成長するのがかなり楽しいです。

でも、野菜を食べるのも好きです。肉類も全般的に食事はかなり好きです。矛盾してますか?私の中では矛盾していません。人間は他の命を奪って(食べて)生きていることには変わりなく、それについて私は否定しません。否定したら死ぬしかないですけど(笑。


最近ふと見た新聞の犬食の記事を見て、今まで考えていたことを再度思い返してみました。

とりとめのないブログでした。
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by srmurakami | 2007-07-20 19:26 | ブログ | Comments(0)

山口市で村上労務経営事務所代表として特定社会保険労務士、行政書士をしております。日々の出来事や社会問題などを主につづりたいと思います。
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