何が残る?

親の病気のことがあったり、今年9月で私は38歳になるので自分の年が40近くになってくると爺くさいことをよく考えるようになってきました。

あっ、昔からか(笑。

私は小学生の頃なぜかある友達(橋爪君元気かな?)から「村のぼー、38才」と言われてあだ名になっていました。

ぼーっとした性格(当時のそういう名前のアイスクリームがよく宣伝されていました)と、ふけた考え方をするという意味で名付けられたようなのですが、当時はなぜそう言われるのか不思議でした。しかし、今から考えると私の性格を的確によく言い表していたようですね。

とうとう本当の38歳になりますが(笑。


で、本題ですが、タイトルの「何が残る」というのを最近はよく考えるようになりました。


意味は、私が亡くなった後、何が残るのかなという意味です。

昔の人には、「名を残す(遺す)」「財を残す(遺す)」「人を残す(遺す)」というのがあったと思います。山口県の幕末の吉田松陰氏は「名も残し」「人も残し」ました。その残した人々が活躍して社会に貢献されたのは明らかでしょう。

今の人にはそういうことを考えるのは少数派なのでしょうか、とんとそういう話は聞きませんね。よく今の日本人はある程度満たされて、そういう野心というか欲求が無くなっていると少し前までは言われていたと思います。
(昔の人は短命の人が多かったのでそういうことに人生の意義を見つけようとしていたのでしょうか。今は長命ですから…)

自分の事に精一杯で、自分がいなくなった後の社会を考えない、どうでも良いと考える人が増えているのかもしれません。しかし、世界の環境問題も盛り上がってきていますし、そういう人ばかりではないとは思いますが、なかなか自分の生活に精一杯だと考えられないのではと思います。
今の日本の官僚制度みたいに各論ばかり考えて、総論を考えられないのと同じかな。(皮肉?)


私なんかの庶民では、「名を残す」こともできませんし、「財を残す」こともできません。
教育者ではありませんし、大勢の部下を使うような人間でもありませんので「人を残す」こともできません。

でも、身内ですが子供をきちんと育てることにより、「人(子)を残す」ことをせめてしたいと思っています。

私もあと30年と少し生きればせいぜいの年ですし、最近の1年1年の過ぎる速さを考えると30年なんてあっという間です。
アラウンド40という心境よりは、Limit(リミット)30という心境です。

ささやかですが、子の成長(家庭の円満)を人生の目標にし、精一杯仕事と家庭の両立を目指したいと思っています。


「何が残る?」よりは、「何を残そう」にしたいですね。
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by srmurakami | 2008-05-24 11:30 | ブログ | Comments(0)

山口市で村上労務経営事務所代表として特定社会保険労務士、行政書士をしております。日々の出来事や社会問題などを主につづりたいと思います。
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